早いものでこの6月でカリフォルニア大学デービス校の醸造学科を卒業してからちょうど10年の歳月が過ぎました。思えば醸造の仕事には過酷
な肉体労働を
伴うなどということも全く知らない状態のままこの道に飛び込んだ私は、当時世間ではリーマンショック後なかなか仕事が見つからないなか、沢山の素晴らしい師匠との出逢いを得て、彼らのもとで研修を積み重ね、多種多様なワイン造りの手法を見る機会をいただきました。
様々な作り手との貴重な出逢いによって、この10年でカチカチだった私の頭もかなり柔らかくなりました(私なりには)が、当初はワインのスタイルに関してはかなりの頑固モノでした。

【ワイン造りの模索】
実は大学を卒業したばかりの当時、多大な労力とお金を投資して作り上げられ、パワーを重視するカリフォルニアのプレミアムワインのワイン造りがしっくりこなく、しばらく自分のキャリア選択が正しかったのかどうかを自問する日々が続きました。
飾り気はないけれども自然豊かな信州の田舎ではぐくまれた素朴ながらも美味しいお米と水、お味噌を食べ成長した私。加えて私の実家はファミリー経営の小規模なリンゴ農家です。仕事に関しては極めて勤勉なうえに頑固一徹、さらには零細農家にしては珍しいほどの完璧主義な父の背中を見て育った私にとって、合理的かつ商業的なカリフォルニアのワイン醸造のスタイルが肌に合わなかったからです。
私らしいワイン造りを模索していたなか、私にとってその後のあり方を左右するほどの素晴らしい出逢いと体験をすることになります。まずは2012年の春の収穫時期のことです。そのきっかけを与えてくださったのがニュージーランドの楠田ファミリー、そしてファミリーを応援し共にボランティアとして働く皆さんです。そこでは日本人ならではのこだわりの気質を生かし、葡萄一粒一粒に気を配るほどの入念な作業を行い、西洋文化圏では考えもつかないであろう極めて繊細なワイン造りを行っていました。さらに翌年の春に再度南半球のチリに渡り受けたモンセカノでの研修。今では世界に名を馳せるほどになった彼らの生産手法は、土壌はもちろん植物や生物そして天体の動きすらも反映したあくまで自然主体のビオデナミ農法で栽培するワイン生産でした。いずれも私がデービスで学んできた現代の化学的なワイン造りの手法を覆す、人智哲学的な栽培と醸造方法を取り入れた造り手であり、そこから生まれるワインの力強さを身をもって体験し感銘を受けた意義深い研修でした。そして同年の秋にリトライで受けた研修で今の私のワイン造りの基礎となる葡萄栽培とワイン造りを学ぶこととなります。
【カリフォルニアワインのイメージからの脱却】
カリフォルニアのピノファンの方であればご存知かと思いますが、このリトライのオーナー、テッド・レモンは90年台の初め頃から典型的なカリフォルニアでのワイン葡萄栽培と醸造を良しとせず独自の手法でワイン作りを続けてきている一風変わった造り手です。その原点は彼が若い頃受けたブルゴーニュでの研修時代に遡ります。その当時勤務していたドメーヌのご当主が突然亡くなってしまい、20台半ばの若さで彼はドメーヌの葡萄栽培そしてワイン造りを一手に任されることになったのです。任務を終え帰国したのち、彼が先駆けて導入したのがビオデナミの栽培手法でした。テッドは葡萄の収穫時期をご近所の畑より3週間も早めるなどし、これにより当時としては珍しいエレガントなワインを醸す造り手として世間に名を広めました。そして現在も他の生産者とは一線を画した存在としてその名を知らしめています。
私はこの頃から流行っていたアルコールが高めのカリフォルニアワインがあまり好みでなかったこと、そして当時ちょうどテッドのような斬新なワイン造りをする若者たちに脚光が集まり出していたことからリトライの存在を知りました。
タイミングよく収穫時期の研修生募集の広告を目にした私はリトライに即応募。たまたま日本食好きなアシスタントワインメーカーが在職していたことから運よく狭き門を突破し採用決定となりました。2013年の収穫は超最短の2ヶ月ほどの収穫でしたが(一番最初の収穫が始まってから最後のタンクのワインを絞るまで通常は3−4ヶ月)ほぼ休みなく毎日14−16時間の過酷な労働をなんとかこなし中身の濃い収穫体験をしました。
まずテッド・レモンから学んだことはいい作り手はとにかくすごい集中力と洞察力で迷いなく物事を動かしていくということ。誰よりも多くの投資をして健康な畑を造りあげることを重視するテッドの葡萄たちはピカイチです。一年を通して天候の微妙な変化に気を配り栽培方法を調整し、収穫前においては細かな分析などの作業を施します。こうして最適な収穫時期の判断を下すことにより彼の目指す品質の高い葡萄に仕上げていきます。特に醸造を複雑に行わず亜硫酸しか添加をしないテッドにとってはその判断の仕方によってその後のワインのスタイルに大きな影響を及ぼします。当時私に与えられたのはラボのお仕事。葡萄やワインの酸度や糖度を測りテッドに報告するのが私のメインの仕事でしたが、彼は毎朝・夕それぞれ全てのタンク(ピーク時には最大で50タンクくらいでしょうか)の味見をして醸造中のかもしの絶妙な調節をします。あの過酷な労働時間のなかにおいても彼の並外れた集中力と洞察力によって仕上げられたワインはなんと素晴らしいことか。まさに文句の付け所のない鮮やかな匠の技です。
その後は幸運なことに数多くの素晴らしいワインメーカーや栽培家と仕事をご一緒させていただきましたが、たった一度の研修でこれほどまでに多くの事を学び、ワイン造りの魂さえも揺さぶられるような経験をしたのは後にも先にもリトライ以外にはなかったようにさえ思います。
【辿り着いたワイン造りの真髄】
研修先でいただいた数々の素晴らしい経験により辿り着いた私にとってのワイン造りの真髄とは…
健全に育てられた葡萄を使い必要のないものを省いて丁寧に作り上げられたワインには本来持っているポテンシャルがしっかりと発揮され飲み手に我々作り手の気持を伝えてくれる力があるということです。
これはデービスで学んできたワインの化学の知識だけではなく、ほぼ哲学的とも言える要素と自己の持っているインスピレーションを形にできる能力があってしてようやく達成できることであり(もちろん味の判断力が一番大事ですね)、今年やっと5ビンテージ目の私にはまだまだ迷いが多く、先の長いゴールへの道のりです。
先日ワイン通でない友人にSix Clovesのピノ・ノワールを飲んでもらう機会がありました。その際Sonoeのワインは普通のカリフォルニアのワインと違っていろんな顔を持っていて楽しいねと伝えてもらい、完璧なワインでないですが気持ちを込めて造るワインには造り手の心がしっかりと飲み手に伝わるんだとしみじみ感じた瞬間でした。
【Six Cloves が目指すワイン造り】
昨今は潤沢な資産がない私のような醸造家でも葡萄を栽培家から購入し委託醸造施設を借りて小規模ながらもワインが造れる時代になりました。
将来は自分で栽培した葡萄で醸しをすることがゴールではありますがテッドの作るような高貴な葡萄は私のような弱小生産者にはなかなか手が届きません。しかし幸いにもかつて研修でお世話になったスティーブ・マサイアソンから2018年以来毎年オーガニック栽培のシャルドネを分けてもらい醸造を続けています。
リトライでの研修中ほぼ毎日サンプルとして入ってくる葡萄を食べていましたがビオデナミで栽培された葡萄の味わいと農薬散布された葡萄との大きな違いに目から鱗の経験をしました。テッドの葡萄はどれだけ葡萄を食べてもお腹がいっぱいになる以外は飽きることはありません。それに比べ農薬が使われた葡萄は皮にあまり旨みがなく食べ続けているとそのうち舌が痺れてきて口の中にしばらく違和感が残ります。スティーブの葡萄もとても健全で何も特別なことを施す必要がなく、発酵期間中は酵母達に安心して発酵の仕事を任せることができます。
また昨今、癌や自閉症、免疫症候群などの原因が残留農薬によるものであるとの報告がされるようになり生産者として安全なものを消費者に届けるということも大事な仕事の一つと考えるようになりました。
まだまだテッドやスティーブの足元にも及びませんが、まずは丹精込め健全な葡萄を栽培してくださる葡萄生産者の顔が見えるワインを醸しお届けすることを心がけ、目指すゴールに向け日々一歩一歩前進です!
Sonoe Hirabayashi
Owner
Six Cloves Wines
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